信さん | 野の風 |
都会で暮らす「私」は久しぶりに故郷である炭鉱の町に帰ってくる。
母と話をするうち、少年だった小学校時代を思い出す。
空をみあげながら、信さんとの思い出の数々を蘇らせ、1枚のスナップ写真のよう
に見上げる青空に貼りとめていく。
信さんは「私」にたくさんの無形の財産のようなものを残していく。
2個年上の信さんは、親戚の家で養子として育てられていたが、この夫婦に子供が
できたことがきっかけで邪魔者扱いされる。
愛情を知らなかった信さん。札付きの不良になってしまった信さん。町の人からは、
誤解され、みんなから疎まれて嫌われ者だった信さん。そんな信さんが「私」の母が
言った一言で変わっていく。
それまでの信さんの心は、荒れて荒れまくって、自分でもどうしようもないほど、
抑えきれない苛立ちを抱えていたのかもしれない。
砂漠のようにカラカラと乾いていた心。そこに、降り注ぐ水のように、母の言った言
葉は染み込んでいったのではないでしょうか。
愛情って大事ですね。誰かがみていてあげないと、信じてあげないと、枯れてしま
う。人との出会いによって人はこんなにも変わっていく。
もう1編は朝鮮人親子のお話。
ずっとずっといじめられていたヨン君。やり返すことをせず、殴られ、蹴られボロ
ボロと涙をこぼしていた。あの時の涙はそういうことだったのね。お母さんが大好
きで、自分たちの生活を守りたくて……我慢しつづけたヨン君はエライと思う。強いな
と思う。
どちらも故郷を懐かしむお話で、その風景のひとつひとつが、宝物のように散りば
められている。町をブラブラ歩いてみたり、校庭をぼんやり眺めたり、歩いている
子供に昔の友達の面影を追ってしまったり。色鮮やかで澄んでいてまっすぐなのだ。
ほろ苦く、淡い余韻を残す1冊です。
→著者別[国内小説]
→ジャンル別[一般小説]
→テーマ別[子供の情景]
表題作『野の風』と『ナコちゃん』の2編からなっています。
『野の風』は、大切なものを思い出させてくれるお話。
父の危篤をきっかけに、バラバラになった家族が心を通わせるところ。仕事人間だった
主人公が父に教えられたこと。必死になって頑張ったけれど、その先に何があるのか。
その結果すり減らしてしまったもの。
著者の主張がバーンと胸に飛び込んできて、野の風のように心地よい気分に浸れま
す。
夫婦の会話はざらざらと乾いていて冷え切っている。毎日こなさなければいけない
日課に追われて殺伐とした感じ。子供もまた心を閉ざし家にこもっている。
ずっと走り続けてきた主人公が故郷のゆったりした時間の流れ、懐かしい風景に癒
され、自分を取り戻していく様子が伝わります。
『ナコちゃん』はほのぼのしたお話。
いつもニコニコしているナコちゃんが、勤めている郵便局にやってくる男性のこと
を語っている。ちょっと冴えなくて地味なおじさんだけど、そのおじさんの幸せを
陰ながら喜んでいる姿に心がほっこり暖まります。