時をさまようタック | |
「8月のはじめの一週間は、とまった観覧車のいちばん上のシートみたいに、夏のてっぺ んにひっかかった時間」
こんな出だしで始まるこの作品は、日常を忘れさせ豊かなおとぎの世界へといざなってく
れます。たった4日間という短い時間で、10歳の少女・ウィニーは貴重な体験をします。
家出をし、森の中を歩いていて偶然出逢ったジェシィという少年。彼は自分の歳を104歳
だという。永遠の命が与えられる、その泉を知ったウィニーはどうするのか……
ひんやりとした空気、鳥のさえずり、カエルやセミの鳴き声、豊かな森の描写が素晴らし い。木も太陽も湖も、どれもが生き生きとして、ただ平和に横たわっている。朝の澄んだ 空気、昼間のジリジリと照りつける熱い光、夜の月灯りもすべてが美しく、心和みます。
ウィニーの孤独、なんとなくもやもやした言葉にならない苛立ち、外の大きな世界に飛び 出して自由になりたいという想い。誰もが抱えるこんな気持ちは、共感できる人も多いの ではないでしょうか。
4日間の出来事はとても濃密。驚いたり、胸がいっぱいになったり、温かい気持ちになっ たり。173ページという短いお話にもかかわらず、随分遠くまで旅をしてきたような心地 良い疲れが残っています。
もしも永遠の命が与えられたなら、どうするだろうか。考えても考えてもすぐに答えはで
てきません。タック家の人々は、決して幸せそうでもなく、むしろ重い十字架を背負わさ
れているようにみえたからかもしれません。あの苦難に歪んだ表情、話す一言一言に惹き
つけられ、戸惑い、「生と死」について思いをめぐらせずにはいられません。
ずっと生き続けることは果たして幸せでしょうか。人間は終わりという「死」があるから
こそ、「限りある生」を精一杯生き抜こうと思えるのではないでしょうか。