純愛小説 | |
成熟の向こうになお存在する、愚かしくも愛おしい衝動を、時にシニカルに、時にエロテ ィックに描く、篠田節子の最新短編集。 (「BOOK」データベースより)
歳を重ねてからの恋、それもどっぷりとのめり込む狂おしいほどの衝動を描いた作品であ る。4つの短編のうち、『鞍馬』が一番印象に残っています。
親を看取った後、遺産である屋敷を譲り受け、一人で暮らす姉・静子。結婚もせず、家族の ために色々なことを我慢し、生きてきた女性です。妹の優子は、資金援助の相談のため、 姉に電話するが、いくらかけても繋がらない。そのうち電話機じたいが取り外されている ことがわかり、駆け付けて見ると屋敷が更地へと変わっていた。姉の行方を追うというミ ステリーの要素も楽しめますが、途中から変わる姉の視点によってみえてくる事実に驚か されます。
60歳を超えて初めて知る恋と失ったものの大きさ。傍からみると、なんて愚かなんだろう
と思うかもしれませんが、何がよかったのかは本人にしかわかりえないことです。
短い中に、静子の苦労、孤独、家族をどんな風にみていたのかが濃縮されていて、静子の
内側に入り込んだかのように心の揺れが伝わってきました。
パサパサに乾いた心。彼の出現は、自分を潤してくれる泉のような存在、寂しさを埋めて
くれるような存在だったのですよね。
背負うものがあり、守るべきものがあり、役割がある。責任と義務により真面目に生きて
きた人ほど、のめり込んでしまうのかもしれない。
我慢に我慢を重ね、時にそれを緩めたり適度に発散する術を知らなかった人達。いったん
踏み外すと、後はまっしぐら、辿り着く結末が恐ろしい。
周りがみえないほどに求めてしまう姿に、身動きできないほどの息苦しさを感じたのです。