| 還るべき場所 | |
還るべき場所／笹本稜平 著
恋人を山で失った主人公・矢代翔平。過去の悲しみを乗り越えるため、再びK2へと戻って きた。標高8,000メートルを超える高所での描写は、ダイナミックでこちらも息が詰まり そうになる。目を開けているのも大変なブリザードの中では、上下、左右などの方向感覚 を失う。一歩を踏み出し前へ進むだけでもどれほど困難なことか。死と隣り合わせの世界 で、ひたすら気力のみで歩んでいく姿が圧倒的に迫ってきます。
翔平は恋人を失ったショックから4年間も山から遠ざかっていた。友人の亮太の主催する 公募登山のツアーのガイドとして参加するのだけど、仲間だけで楽しく登っていた山への 情熱が、顧客を抱えることにより希薄になっていく。モラルに欠ける一般登山家、気難し い顧客など次々と沸き起こる問題。
遭難事故が起きた時、顧客とかガイドという立場を超え、一人間としてみんなが団結する 姿が胸に響く。翔平はこの時、胸にわだかまりを抱えていたのだけど、ゆっくりとほぐさ れ溶けていく様子が手に取るように伝わってくるのです。
一番魅力的だと思ったのが、公募登山に参加するワンマン経営者の神津です。彼の話す人 生観はとても深い。格言にもなるような素晴らしい言葉があちこちに散りばめられていて、 いったいどれほどの紆余曲折を経て今に至ったのか、彼という人物をもっと知りたくなる。 力強い声、パンチのある眼力、内から発するエネルギーが、明確な人物像としてくっきり 浮かび上がってくる。迷いを断ち切り、ガーンと突き抜けたような思い切りのよさが清々 しい。
日常の雑事から遠く切り離された山。距離は離れていても、山と人生は密接に結びつくも のなのだと思った。山は踏みしだく一歩一歩に集中しなければならないから、他の雑念に とらわれていてはならない。目の前にあるものがすべて。どのルートから辿っていっても 頂上というゴールは一緒だ。それはまさに人生そのものなのではないでしょうか。
山は、あらゆるものをすべて取り払われた丸裸の自分を強く意識する場所、ちっぽけな存
在だということに気づかされる場所だと思う。心細いけれど同時に挑戦したくなるような
不思議な魔力を持っている。
私はこの本を読んで、体力をも超えた魂の躍動感をひしひしと感じたのです。
→著者別[国内小説]
→ジャンル別[一般小説]
→テーマ別[山岳・海洋・航空小説]
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