熱い風 | ホテル・ストーリー |
垂直の街 | 秋の日のヴィオロンのため息の |
フィルとシナは結婚して7年。異国の旅先での夫婦の形を描いた物語です。
楽しいはずの旅行なのに、この夫婦はずっとすれ違ったまま。求めれば求めるほど、わか
りあえない溝の深さを感じ、虚しさが押し寄せる。どうしてこんなに離れてしまったん
だろう。どこで歯車が狂ってしまったんだろう。どうにかしようにも、絡まった糸が纏わ
りついて身動きがとれない。
ここに出てくるフィルという夫が私はあまり好きになれない。彼女を楽しませようとし てやっていることがどれも裏目にでてしまう。愛情もあるのだけど、それは憎しみの裏に 隠れていて彼女には伝わらない。
表面上は、夫婦らしい会話をしているのに、言葉に出さなくても、ヒリヒリと伝わる敵意、
いってもしょうがないという諦めの気持ち、拒絶のサインなど、空気感が色濃く漂う。
寄り添いたいと願いながらも、お互いに守りの陣地を固め、傷を最小限に食い止めようと
している。こうして波風を立てないように、日々をやり過ごす夫婦は、きっとたくさんい
るのかもしれない。
この夫婦のケンカは、孤独のぶつけ合いをみているようだ。寂しい寂しいと叫んでも、壁
を叩き続けてるみたいでどこにも届かない。掴もうとするのだけど、スルリと通り抜け、
置き去りにされたような気分。
私たちは不器用だから、こんな不毛の争いを幾度も繰り返してしまうのだろう。
半島酒店、サヴォイ、ラッフルズなど世界の一流のホテルを舞台にした男と女の物語。
ゴージャスな空間は羽を伸ばすのにはぴったり。最高級のおもてなしと、手入れの行き届
いた客室や施設は人を解放的にする。こんな非日常的な場所では、夢のようなときめく出
逢いをつい期待してしまう。
大理石の床、ゆったりとしたバスルーム、銀皿に銀製ポットに優雅なお茶の時間、応接セ ットに置かれた山盛りのフルーツ――目に飛び込んでくるものはすべて洗練されていて心 弾ませる。雑事から解き放たれ、思い切り贅沢に、そしてロマンチックな恋をするならこ んなところでしてみたい。
描かれている女性たちのセリフは生々しいし、とても女性らしい。誰にでもこんな一面が あると思うし、あの時言えなかった煮えたぎるような感情があらわにされてしまったみた いで心もとない。
「人を愛するということはね、他人に属する男の、いいところだけをコソコソとかすめ取 ることじゃないのよ。人を愛するということはね、永遠に待つことなの」
ぞくりとするセリフである。彼が私のすべてだったという女性が充分に苦しんだ後の決断、 潔い落ち着いた身の引き方――思わず拍手を送りたくなる。
「・・・捨てないで・・・たとえ別の人とあなたが一緒になってもいいから、不倫でも愛人でも 何でもいいから私を捨てないでちょうだい」
予期しない別れほど心に受ける衝撃は大きい。恥も外聞もすべて捨て去ったまっすぐな気 持ちが清々しい。
→著者別[国内小説]
→ジャンル別[恋愛小説]
→テーマ別[モチーフ]
ニューヨークはどしゃ降りだった。稲妻がピカッと光り、鮮やかに二人を映しだした。離 婚寸前の別居中の夫と妻、「わたし、ドキドキしたいのよ、もう一度」わずかな愛の可能 性を求めて、わかりあおうとするが…、憎しみだけが募っていった。(「ドキドキしたい 」より)。ニューヨークを舞台に、女と男の哀感を、洒落た筆致で描いた連作集。 (「BOOK」データベースより)
今まで読んだものは熱帯の国が多かったような気がするのだけど、森さんの文体はニュー ヨークもよく似合うと思った。どしゃ降りの雨、稲妻、立ち並ぶ高層ビル。男女の会話は あからさまで生々しいのだけど、ゴージャスで都会的。映画をみている時のように映像が 目に浮かんでくる。
高飛車で機関銃のように話す女性たち。長年貯めに貯め、噴出した不満や怒りは凄まじい。
初心な男性が読んだなら女性に幻滅し、未婚の男女が読んだなら結婚への夢が覚めてしま
うかもしれない。
5つの短編のうち、夫婦の話は2つ、知らない男女のちょっとした出会いが3つでてきます。
その中では、『ノープロブレム』が一番好き。出来心で少女に声を掛け、デートする中年
男。中年男を手玉に取り誘惑する少女。話は思わぬ展開へ転び、意外な結末へ。
少女の発する言葉のすべてが衝撃的で、私は男性の気持ちになって動揺し、混乱し、打ち
のめされた。欲望はいつしか消え、父性へと変わり、時にはナイーブな少年のように…
こんなにも心がえぐられ、揺さぶられたのは久しぶり。正論を語る穏やかな男性よりも、
奔放な発言を繰り返す彼女に惹かれるのはなぜだろう。グイグイと根本から覆すパンチの
ある言葉をずっと聞いていたいと思ったし、映像にしたらすごくおもしろいんじゃないか
と思う。
女性のずるさ、したたかさ、残酷さ。こういうリアルな感情の描き方がやっぱり上手いな
ぁと思う。でも何より惹かれるのは、そんな彼女たちの弱い一面を垣間見た時。ふっと言
葉が途切れる時…思わず涙する時…それまで獰猛だった人物が、いたいけな乙女のように、
あるいは、か弱い小動物のような存在に思えてくる。
「優しくして欲しい」「愛して欲しい」「触れて欲しい」切実な叫びが、行間からひしひし
と伝わってくるようです。
シャワーを浴びた後、純白のバスタオルで身体を包み、オーソバージュをすり込み、肌色のシルクの下着をまとう。そして、冷えたグラス1杯のシャブリとシガリロを1本。自分を確実に幸せな気持ちにしてくれる小道具たちを配置して、阿里子は外出の仕度をする、男に会いにいくための。経済的にも、美貌にも恵まれている38歳。しかし、この1年位、阿里子の身辺は騒がしい。人生の秋の日にさしかかっている、と気づいた時、阿里子は潔い決断をする…。シリアスな問題をしゃれた会話体で、華麗な空間の中に浮きぼりにした長篇小説。 (「BOOK」データベースより)
彼との時間を楽しむために、ゆっくりと自分を作り上げていく阿里子。「母である顔」「妻である顔」、普段の役割は脱ぎ捨て「女」になっていく。
家庭に不満はない。夫のことは愛している。なのに不倫せずにはいられない阿里子。不倫相手のことを好きかと言われれば、それほど好きでもない。ただ恋している自分が好きで、外で満たされるからこそ家庭も上手くやっていけてる。
家庭に不満もなく、不倫相手のこともそれほど好きじゃないのに、「なぜ?」と最初思ってたのだけど、読み終わる頃には、そうせずにはいられなかった阿里子の気持ちがわかったような気がした。
成熟した大人のはずなのに、どこか不安定でほっとけない。男性たちからみたら、こんなところが魅力的に映るんだろうなぁ。
自由奔放でわがままで浮世離れしていて、でも自分に正直で、時には心を痛めることもある。まるで黄昏の秋のように一抹の寂しさがジワジワと広がる。
こんな阿里子を大きな愛で包み込める夫が素敵で、ちょっと変わった夫婦ではあるけれど、こういう形もあっていいのではと思った。
若さが蝕まれ、老いていく不安。人生の折り返し地点に立った阿里子の決断が胸に響きます。