忘却の河 | |
この本は、章が変わるごとに語り手が、藤代家の父、長女、次女、母・・・と変わっていき ます。家族は、それぞれ悩みを抱え、孤独を抱え、なんとか繋がり合おうとはするのだけ ど、分かり合えない。その間には見えない壁が立ちはだかり、距離を縮めるのは容易では ない。ほんの少しずつ歩み寄り、ほんの少し近づき、そうして時間をかけながら再生する 家族の形を描いた作品です。
物語の冒頭は、父親の独白から始まるのですが、どんよりとした曇り空を眺めている時の
ような、重々しく沈み込む内面世界に惹きこまれます。生きながらにして、心は死に向か
っているかのような、現在に身体だけが残され、そのためやむなく明日を迎えているよう
な、そんな心象。
現在が目の前にありながら、絶えず過去の風景や思考の中で生きている父親。記憶の中で
思いを巡らすその姿をみていると、現在と過去との境界が曖昧になってくる。
家族からみたら、この父親は冷たい人、いつも物思いにふけっている人、何を考えている
のかわからない人のように移っています。
過去に捕らわれている人とか、人を愛せない人とか、一言で言ってしまうのは簡単ですが、
人ってもっと複雑で奥深いものだと思うんです。孤独を抱えながら、罪を背負いながら、
それでもなお希求する姿がとても眩しく感じられたのでした。
章の語り手が変わるたびに、会話だけではわからなかった脇の人物の内面世界もよくみえ てきて、物語に深みを与えています。誰の心の中にも、断ち切れないよどみのようなもの があって、それを抱えながら日々を生きているんだなぁと、改めて思いました。